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B.ズローチン、A.ズスマン「ファンタジーの星の下での一ヶ月:創造的思考のサマースクール」 (2/3)

本資料は Злотин Борис, Зусман Алла «Месяц под звездами фантазии: Школа развития творческого воображения»(直訳すると「ファンタジーの星の下でのひと月:創造的イメージ開発学校」)の本文の始めの部分の翻訳です。(書誌情報はページ末尾

原書は1988年に出版され、旧ソ連で数万部売れたそうです。昨年以降著者自身が改訂を進めており、その内容を逐次翻訳してゆきたいと思います。

原書には著者紹介を含めて本書が書かれた経緯を述べた前書きがついていますが、ここでは本文の冒頭の部分から掲示することにします。

ファンタジーの星の下での一ヶ月:
創造的思考のサマースクール

ボリース・ズローチン、アラ・ズスマン

第4日 生きるべきか死ぬべきか——これこそ矛盾

 何日か晴れた日が続きましたが今日の太陽は雲に閉ざされています。授業の続きは教室で行ないます。今日の授業ではポスターを使う予定ですからその方が好都合かもしれません。ポスターはもう壁にかけてあります。試行錯誤法の弁護士のボーリャが話し始めます。

——電話は何人かの発明家によってそれぞれ独立してほぼ同時に発明されましたがその人たち全てが試行錯誤法を使って発明したという点に注目して頂きたいと思います。これは発明が遅れたことについて試行錯誤法に責任があるとは言えないことを意味しています。よって、試行錯誤法の罪状の1つは免責されることになります。

これについてはイーゴリも同意せざるを得ません。

——このケースでは発明が遅くなることはありませんでした。しかし、他方で悪質な力の分散、労力の無駄遣いの罪が明らかです。もし、これらの人々が同じことをしていなかったら、電話と同様に役に立つ物を幾つも考えだすことができたことでしょう。

・・・

 電話の例は例外ではありません。数多くの大発明が様々な国で別々に行なわれました。そして、このようなことが起こるのは、一定の段階で電話、自動車、飛行機といったものが必ず発明されるようにしむけている進化の法則があるからです。同じことは科学の分野でも起きています。ボイル・マリオットの法則{日本では通常ボイルの法則ですが、国によってボイル・マリオットの法則、マリオットの法則とも呼ばれます}、クラペイロン・メンデレーエフの方程式{日本では通常理想気体の状態方程式}、ネルンスト‐エッティングスハウゼン効果{磁場中の熱電効果}のように物理学で多くの法則や現象が2つ名前を持っているのは偶然ではないのです。また、独立して近似の結果を得た2人あるいは3人の学者に同時にノーベル賞が与えられることもしばしばあります。

 古代から様々な学問分野で進化の法則を明らかにしようとする試みが行なわれてきましたが、私たちを取りまく世界は大変複雑で、進化の道筋は直線的ではないため取り立てた成果を上げることはできませんでした。あるシステムが直線的でないということは、そのシステムの中にシステムそのものを変化させるなんらかのプロセスが展開していて、さらに、その変化がシステム内のプロセスの変化を生み出し、それがまたシステムを変化させるというようなことが起きていることを意味します。直線的でないシステム{以下、非線形システム}の中では有益なプロセスが有害な現象につながったり、有害な現象が何らかの有益な影響を生み出す場合があります。そこでは、何らかの転換点の発生や連鎖反応、有益・有害な構造の形成、極めて多様な予期不可能な出来事や、予想外の効果が起きるかもしれません。そうしたシステムの進化を予見することは難しく、私たちが慣れ親しんでいる論理が常に働いているとは言えないのです。

 非線形システムの進化を研究する「シナジェティクス」とよばれる学問があります。 シナジェティクスでもっとも重要な理念の1つに「決定論的カオス」という複雑な非線形システム特有の現象があります。 決定論的カオスとは一見両立するはずのない特性が組み合わさったものです。

  • カオスとはお互いに連繋が無く、組織的でなく、制御不可能な諸要素の集合です。
  • 決定論的とは秩序、組織、何らかの構造、予め定まった系統的な作用などをさします。

 決定論的カオスは部分的に組織化された構造で、その内部では様々な法則や規則が働いています。一方で常に偶然、きっかけ、変化、進化などに左右される部分があります。決定論的カオスのもっとも特徴的な例は小さな細菌からはじまって人間に至るすべての生命です。生命は完全なカオスの中で存在することはできませんが、他方で厳密な結晶の中にも生命は存在しません。このような構造は矛盾が存在するという特徴をもっています。

・・・

 古代の神官の究極の秘密の1つは「両面性の秘密」でした。この秘密は厳格な試練をくぐり抜けて精神と意志の強さを証明した者だけに打ち明けられました。

 年老いた神官ネオフィートゥは次のようにささやきました。

——オシリスは暗い神だ。

 極めて分かりにくい一言です。オシリスは善と光の神です。そこにこそ恐ろしい秘密があるのです。善は悪に変わることがあり、悪は善に転じるのです。蛇の毒が人を癒し、薬が毒となります。私たちは、このような状況を「矛盾」と名づけます。こうして、矛盾の理念から「弁証法」が発生します。この言葉はギリシアの哲学者ソクラテスが考えだしました。彼は対立する意見をぶつけ合い戦わせることによって真理を明らかにすることを目指す対話、議論をこの様に名づけました。自然の弁証法といった考え方はデモクリトス、エピクロス、ルクレティウスなどの古代哲学者によって発展させられました。彼らは原子から物質が現れるときに、出現した物質は要素となっている原子が持っていない新しい質を持つことになるのだから、これは弁証法的な飛躍だと考えました。

 古典的な弁証法の概念が形成される上でもっとも重要な役割を果たしたのは18世紀のドイツの哲学者ヘーゲルです。彼は初めて、自然、歴史、精神世界は全て対立と発展の絶え間ない動きだと考えました。ヘーゲルの本を読むのは大変です。全てが混乱しているように思われ、難しい言葉で書かれています。ヘーゲルは天才です。彼は半分直感的に非線形的な世界の重要な特性を「摘み取って」、それに適した言語、用語、事例、数学的ツールなど、彼が仕事をした後の200年の間に科学が獲得した様々な成果を使わずにそれについて語ろうとしたのです。物質の構造、電気、数理論理学などについて何も知らないアルキメデスやニュートンを相手にテレビやコンピュータにについて説明することを想像して下さい。ヘーゲルがやらなくてはならなかったことはもっと難しいことだったのです。

技術システムが進化する過程では常に次の矛盾が発生します。

  • 技術的矛盾:
    有益な機能の働きを改善しようとすると有害な作用が生じる
  • 物理的矛盾:
    有益な特性について相反する、相互に排他的なことが求められる
No - Yes

矛盾は相反する要請を次の観点で2つに分けて解決します:

  • 空間の観点
  • 時間の観点
  • それ以外の、何らかの条件

 矛盾とは何でしょうか? 矛盾のゲームをやってみましょう:

——今日はどんよりした天気です。これは良いことです。なぜなら、教室の中で授業ができるからです。

 シニアの生徒がゲームに加わります。

——教室の中で授業をするのは悪いことです。なぜなら、楽に座っていて居眠りをしてしまうからです。

——授業中に居眠りをするのは良いことです。なぜなら、夕方の知恵競べの時に元気が出るからです。

——知恵競べの時に元気が出るのは悪いことです。なぜなら、眠たいくらいの時の方が予想外のアイデアが出てくるからです。

——予想外のアイデアが出てくるのは良いことです。なぜなら、知恵競べに勝てるからです。

 ゲームのルールは簡単ですから、新入生も参加してきます。

——知恵くらべに勝つのは悪いことです。なぜなら、他の人たちが面白くないと思うからです。

 どんなことにも良い側面と悪い側面とがあります。2つの側面に気づいて「両面性の秘密」を理解することが大切です。飛行機が小さな速度で離陸や着陸ができるためには翼の面積が大きくなくてはなりません。しかし、超音速で飛行するためには翼は小さくなくてはなりません。飛行機の翼{の面積}について「大きくなくてはいけない」と「小さくなくてはいけない」という、反対の2つのことが求められています。これが典型的な矛盾です。それでは、通学用のカバンについてはどんな矛盾があるでしょうか?

 生徒たちは答えを簡単に見つけてしまいます。

——たくさん本を入れるためには、カバンは大きくなくてはなりません。一方で、あまり場所を取らないためには、カバンは小さくなくてはなりません。

——私たちの身の回りの世界に他にどんな矛盾がありますか?

——作物が実るためには、雨が降らなくてはなりません。でも、日光浴をするためには、雨が降ってはなりません。

——勉強したことをしっかり身に付けるためには、宿題はなくてはなりません。でも、ゆっくりする時間がたくさんあるようにするためには、宿題はあってはなりません。

 私たちの身の回りには数限りなく矛盾があることがよくわかります。

 それでは、飛行機の速度をもっと速くしたいとします。そのために何が必要ですか?

——大きいエンジンをつけます!

——そうですね。でも、大きいエンジンは重たいし、燃料をたくさん使います。材料もたくさん必要です。速度という1つのことについて良い結果を得ようとすると、他のことで損をするところが出てきてしまいます。技術、科学、スポーツ、芸術など人間の活動のどんな分野でも同じことです。何かをより良くしよう、完成度を高めようとすると、どこでも必ず何かの矛盾に出会うことになります。矛盾は進化の結果でもあり、進化を促す力でもあるのです。

 しかし、新入生の中でも一番色々なことに気がつくミーシャは納得できません。

——矛盾が進化の結果だというのはわかるけど、進化を促す力だというのは分かりません。だって、矛盾は進化の邪魔をして、ブレーキをかけるんでしょう。私たちがなにか改良したいのに、矛盾がそうさせてくれないんじゃない!

 大変良い質問です。矛盾についてどうしたら良いでしょう。1つの対応策は妥協することです。2つの相反する要請の中を取ることです。例えば、カバンの大きさを中ぐらいにする、飛行機の翼の大きさを中程度にして、速度はまあまあ早くて、離陸や着陸も危険というほどでは無いようにするといった対処の仕方です。しかし、やがて速度をもっと大きくしなくてはならないのに、着陸の時の安全性を犠牲にするわけにはゆかないといった時がきます。矛盾は今までよりももっと深刻になって、進化が止まってしまいます。進化が止まってしまうということはそのシステムの寿命がなくなったということです。その時が「不可能を乗り越えて前進する」時となります。矛盾はシステムの質を変え、原理的に新しい構造が生まれた時に解決されます。その時には例えば、翼の面積が変化する飛行機が登場します。翼は離陸する時には翼が胴体の横に垂直に突き出していますが、速度が上がってくるに従って翼に角度がついて機体はやじりのように形を変えます。さて、生徒への質問です。

——飛行機の翼の形が変わるのと同じような技術の例に出会ったことはありませんか?

 みんな困って黙り込んでしまいます。ちょっと、手助けをしてあげましょう。

——例えば、背の高い人が座ってテーブルがちょうど良い高さになるためには椅子が低いことが必要です。でも、背の低い人にちょうど良い高さにするためには椅子は高くなくてはなりません。

 今度は3人の生徒が同時にくるくる回って高さを調整するピアノの椅子を思い出しました。そして、同じようなやり方をしている例に気づきます。

——自動車は道路の状態によってスピードを変化させます。

——私の家では照明の明るさが調整できるようになっています。

——ソファーベッド、折りたたみ式の椅子……

——よくできました。それじゃあ、こうしたものに共通する矛盾の解決し方にどんな名前をつけたらいいでしょうか。

——可変性。

——時が変われば変化する。

——そうですね。発明問題解決理論の主な矛盾解決法の1つは「相反する要請を時間で分割する」ことです。さあ、このポスターを見て下さい。

 壁に貼ってあった「主な矛盾解決法」というポスターを外して黒板に近いところに架けなおします。これを使って問題を解いてみることにします。

〈主な矛盾解決法〉

 矛盾とは、なんらかのシステム(物体、プロセス、作用など)に対して、ある条件において、並立不可能な、あるいは、相対立する2つの要請がある状況です。例えば、そのシステムの特定の特性がある状態でなくてはならず、また、そうであってはならない、あるいは、ある特性がなくてはならない、また、あってはならないという状況です。矛盾はシステムを変化させることによって解決する、あるいは、解消することができます。

矛盾そのものの解決
時間の観点で分離{解決}する

その特性はある時間にはあり、別の時間にはない。あるいは、ある時間には1つの特性があり、別の時間には別の特性がある。

システムを条件の変化に対応して順応可能、柔軟、可変にする。

空間の観点で分離{解決}する ある箇所では特性が存在し、別の箇所ではその特性が存在しない。あるいは、ある箇所は1つの特性をもち、別の箇所は別の特性をもつ。
他の観点で分離{解決}する ある条件(温度、一日の時間帯、周囲の環境、人の要求など)ではその特性があり、別の条件ではその特性はない。
システムを変化させることを通じて矛盾を解消する
分割と組み合わせ システムを幾つかの部分に分割し、それらの部分を別の形に組み合わせる、別の仕組みでつなぎ合わせる。
逆転 普通のやりかたの逆、反対にする(冷却の代わりに加熱、押すことに替えて引っ張る)。
部分的、あるいは過剰な作用 望ましくない作用を無くす、あるいは、望ましい作用を改善するために矛盾の一方の側面を強める、あるいは、弱める。
資源の活用 システムの内部あるいはその環境にある物質および/あるいはエネルギーをそのままで、あるいは、現状から変化させて{現状に}追加して活用する。
害を益に変える 有害な物質(例えば廃棄物)および/あるいは作用(例えば騒音、振動、熱など)を資源として活用する。
エネルギーの活用 物質や機械的な仕組みに替えて何らかのエネルギーの作用——機械的、熱、電気、磁気、電磁波——を使用する。
ミクロレベルへの移行 電子、原子、イオン、分子、ナノレベル、結晶、細胞内、細胞間作用に関係する物理的、化学的、生物学的プロセスを利用する。
上位システムへの移行 上位システムに含まれる他のシステムを利用して何らかの機能を実現する、あるいは、何らかの欠陥を取り除く。
ハイブリッド化 有益な機能を相互の補強し合う、あるいは、有害な作用を補完し合うように2つあるいは複数のシステムを組み合わせる。
システムの頭脳化 通常人間が行なう知的機能の一部をシステムに担わせる。フィードバック、IC、コンピュータ、情報ネットワークなどの活用。

問題6

 溶接作業者は眩しい光と紫外線から眼を護る保護めがねや濃い青色のガラスを使って仕事をします。保護めがねの取扱説明書にはめがねはいつも清潔にしておくこと、ガラスは柔らかい布で拭くことと書いてあります。ところが、溶接の際に溶けた金属が飛び散ってガラスについてしまいます。布で拭くどころかナイフで削っても落とすことができません。これでは溶接箇所がよく見えませんからガラスを交換しなくてはなりません。しかしこのガラスは特殊なガラスで値段が高いのです。

さて、ここにはどのような矛盾があるでしょうか?

 ジーマの考えです。

——ガラスをなんども交換しなくちゃならない、でも値段が高い。

 ターニャがもう少し丁寧に言い直します。

——よく見えるようにするためには、ガラスをなんども交換しなくてはならない、また、ガラスは値段が高いので何度も交換してはいけない。

 ミーシャが質問します。

——普通のガラスなら値段は安いの?

——もちろんそうさ。でも普通のガラスじゃ眼を護ってくれないよ。

——それなら矛盾をこういう風に言い直すことができるよ。「眼を護るためには、ガラスは濃い青い色をしていなくてはならない、しかし、安く交換するためには、ガラスは普通のガラスでなくてはならない。」

——そうだね。それじゃあ、その矛盾をどうやって解決する? ポスターを見てご覧。

——空間! ある場所では濃い青い色で、他の場所では普通のガラス!

——その通りだ。二重のガラスだ。眼に近い側は濃い青いガラスで、外側は窓と同じ普通のガラスだ。普通のガラスは一日に2回とか交換する。でも青い方のガラスはいつもきれいだ。

——矛盾を空間で解決している例はもっとあるよ。ゴムボートは家にしまってある時には小さいけど、ふくらまして水に浮かべる時には大きいよね。あれ、これって時間で分離しているのかな?

 新入生の中で一番年下のアリョーシャが初めて発言します。アリョーシャは7年生になったばかりなので上級生のいるところで小さくしているのですが、発言した後で、ちょっと自信がなくなりました。そこで、励ましてあげることにします。

——それでいいんだ。間違いじゃないよ。1つの解決策が時間の観点での分離と、空間の観点での分離と両方になっていることがあるんだ。矛盾の解決法はたくさんあるから、これからも練習することになるよ。でも今日の授業はこれでおしまいにします。

 でも、生徒たちはまだ続けたいようです。また、ミーシャが質問します。

——一度矛盾が解決されちゃうと、もう進化の邪魔にならないの?

——原始時代のこん棒は、動物に負けないためには、重くなくてはなりませんでした。でも、簡単に持ち運べるためには、軽くなくてはなりませんでした。昔の戦争で使ったカタパルトは、大きな石を飛ばすためには、重くなくてはなりませんでした。でも、動かすのが簡単なためには、軽くなくてはなりませんでした。大砲も同じように、重くなくてはならないし、軽くなくてはならなかった。ある矛盾が1つの段階で解決されても、また新たに発生するっていうことがよくあります。矛盾は、時によっては姿を変えて以前と違うように見えることがあります。でも、問題を解決するために必要なことはいつも同じです。矛盾を見つけだして解決するということです。

 今後はターニャが訊ねます。

——芸術にも矛盾ってあるんですか?

——いくつでもあるよ。例えば、こういうのがある。

問題7

 ニーナ・ジェムーロヴァがルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」をロシア語に翻訳している時にある問題がありました。アリスの物語にはたくさんの詩が出てくるのですが、どれもイギリス人なら子供の時から知っている詩をパロディーにしたものです。ところが、ロシア人は元の詩を知りません。もちろん、ロシア人が知っているロシアの詩のパロディーに置き換えることはできますが、そうしてしまうと物語のイギリスらしさが失われてしまいます。どうしたら良いでしょうか?

 ところが、今日はこの問題を解決することができませんでした。係の学生がやって来て、直ぐにお昼を食べに行かないとRTVクラスは夕食の時にお昼のご飯を食べることになるというのです。生徒たち(そして、私たち先生も)すっかりお腹がすいているのに気がついてあわてて食堂に駆け出しました。

第4日の夜の省察

 生徒に弁証法を教えるのはどんなものでしょう。無謀です。複雑で難しすぎます。たとえ話を使えば授業を楽しくできるかもしれません。でも、それも長い時間続きません。この授業について私たちが話をした多くの先生方、哲学者のみなさんはこのような意見でした。しかし、古代の人々が理解できたことを今日の生徒たちが理解できないということがあるでしょうか。

 古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは弁証法とは世界の展開、動き、変化だと捉えていました。「万物は流転する。全ては変化する。」という不滅の言葉が今日に伝えられています。矛盾を手がかりとして考える方法としての弁証法の個々の要素は原始時代の人々にとってさえ当たり前のことでした。原始人の心理を研究した心理学者や民族学者は、原始人の意識では、私たちと違って、矛盾は恐ろしいもの、避けるべきものではなかったという結論に到達しました。また、2・3歳の幼児もまったく平然と矛盾を受け入れています。

——僕がそりに乗っているとお月様がついてくるの。

——お月様はコーリャの後にもついて行くの?

——そお。

——それじゃ、お月様は同じ時に色々な方に行っちゃうの?

——そお。

 ところが、子供が大きくなって基本的な論理を理解するようになると反応が変わります。こうなると矛盾を大変に嫌います。矛盾は子供を混乱させ落ち着かない気持ちにします。5・6歳の子供が矛盾に出会った時に泣き出すことは珍しくありません。弁証法を学ぶことの主な難しさの1つはここにあります。

子供と矛盾

 矛盾は形式的で、枠にはまった、発明的でない思考、日常性の論理をくずしてしまいます。ところが、原理的に新しい、発明的なアイデアを発見するためには矛盾から逃げず、逆に矛盾に真っ向からぶつかり、時には矛盾を一層先鋭化させることが必要なのです。矛盾が先鋭的で、妥協不可能になればなるほど矛盾の解決に近づき、通常は、解決しやすくなるのです。

 アルトシューラが行なった何千もの発明の分析によって、矛盾は発明が求められる問題が生じる原因であり、そのような問題が存在している兆候だということが明らかになりました。矛盾は、良く知られた方法や手段で問題を解決することが行き詰まり、対象をさらに改良するにはその矛盾を解決するしかないことを意味しています。矛盾の解決法は膨大な数の矛盾を分析する中で明らかになったということを強調したいと思います。発明の仕方を教えることでは、発明問題の中に深く隠れている矛盾を発見してそれを解消すること、即ち、そのような問題を解決する練習をすることが大きな比重を占めます。このような問題を解決するのは大変楽しいことです。そしてこの練習は発明の練習というだけでなく弁証法の練習でもあるのです。つまり、弁証法の基礎を習得するのは退屈なことではないのです。

 私たちは今日大失敗をしてしまったかもしれません。みんなは「決定論的カオス」という言葉がすっかり気に入ってしまいました。いつでも使える冗談というか言い訳の言葉になってしまいました。夕食に遅れた、宿題を忘れた、就寝時間に寝室で枕合戦をやった、これがみんな「決定論的カオス」というわけです。この生徒が自宅に戻った時に両親や学校の先生が何を言うのか興味深いところです。気転が利いて笑ってすませてくれればいいのですが、そうでなかったら?

・・・

 明日から各クラス合同の討論会が始まります。討論会は子供たちに創造性に関心をもってもらうもう1つの機会です。RTVクラスだけでなくサマースクールの他のクラスの子供たちも巻き込むことができます。うまく議論ができるでしょうか。年上の生徒だけが発言しておとなしい生徒は黙っていることにならないでしょうか。そこで、明日の討論のテーマは未解決の問題がたくさん含まれているテーマにすることになっています。

 第1回の討論会では生徒たちと一緒に創造的な人とはどういう人か、どうしたらそういう人になれるか、そうなるように努力しなくてはならないのだろうか、ということについて考えることになっています。難しいテーマです。大人にとっても答えは明らかというわけではありません。この問題についての議論では有名な学者の議論にさえ混乱、偏見、保守的傾向などが見受けられます。「創造性とは、数少ない、選ばれた、生まれながらにして独自の才能を与えられた人たちが持つ特性……創造的な人になるための処方などというものは存在しないし、あり得ない。」多くの学者はこのように主張して才能は森でキノコを探すように探し求めるしかないというのです。

 多くの人々は創造性とはそういうものだと考えて満足しています。自分で、自然が幸いにも才能を与えてくれたと思っている人々にとっては、選ばれた者だと自覚することは心地よいことです。一方で、意外ですが、自然が物惜しみして才能を与えてくれなかった人々にとっては、こうした考え方が無為、無策の言い訳となるので好都合なのです。

 現代はそうした考え方が許されない時代です。科学技術革命の時代は何百万人という人々が発明に関わることを求めました。今日、限られた数の天才の力だけでは科学技術の進歩はなし遂げられません。成功したいと思う人、自分の人生を意義深いものにしたいと思う人はだれもが創造的な問題を解決する能力を求められます。

 発明の仕方についての学問であるTRIZは現在急速に発展しています。しかしそれだけでは不十分です。人々を子供の時から創造へと惹き付けることも必要です。かつてTRIZは特許情報を分析し発明という行為に共通する法則を明らかにすることから始まりました。それでは、創造的な人格を形成するための「特許情報」はあるでしょうか。あります。それは、秀でた人々についての何百冊もの本、何千冊のその他の書籍です。そして、様々な分野で様々な時代に働いた創造的な人々に共通するものを探したらどうでしょうか。そこから、そうした人々が生まれる法則性を明らかにすることができるでしょう。

 アルトシューラは創造的な人々の主な特徴を明らかにすることからこの仕事を始めました。その特徴については明日話をする予定です。討論会はうまくゆくでしょうか。参加者がテーマについて基礎的な知識や考え方を持っていないと議論は始まりません。ですから、生徒たちには事前に予習しておくように言ってあります。各クラスの代表がそのクラスが専攻している学問分野の創造的人物を一人取りあげて紹介することになっています。選んだ人物を創造的にしたのは何なのか、生徒たちが自分で考える約束です。

第5日 象とはどのようなものか——システム・アプローチ

 最初に教室にやって来たのはここ数日でいつも一緒の仲間になったターニャ、ミーシャ、ジーマの3人です。いつものように壁の前を通った時に3人は凍りついたようになってしまいました。教材のポスターと並んで奇妙な絵の複製が掛かっているのです。空想の怪物や悪魔、地獄の責苦の絵が街か村の生活の様子と混ぜこぜになった奇怪な幻想、細かいところまで描き込まれた天変地異、見たことも無い色の組み合わせです。15世紀のもっともなぞに満ちた画家の一人、オランダのヒエロニムス・ボスの作品です。{この絵でしょうか?: http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jheronimus_Bosch_115.jpg}何でこんな絵があるんだろう、生徒たちは興味津々です。しかし、まずは別の話題からはじめましょう。

 何年か前にある工場でTRIZの研修が行なわれました。いつものことなのですが、練習用の問題を勉強した後で職場でかかえている実際の問題と取り組むことになりました。そのなかの1つはこの工場でもう何年も懸案になっていた次の問題です。

問題8

 砂の鋳型で作った鋳物に残った砂を落とさなくてはなりません。高圧で空気を吹き付けて砂を吹き払っています。鋳物はきれいになるのですが1つ欠陥があります。吹き飛ばされた粉塵で工場の空気が汚染されてしまうのです。空気浄化装置を使えば良いのですが、装置をおく場所がどこにもありません。どうすれば良いでしょうか。

 研修の参加者は講師がTRIZを使ってすぐに問題解決にとりかかるものと思いましたが、驚いたことに彼は参加者に質問し始めたのです。

——さあみんな、研修の講師はどんな質問をしたと思う?

 ボスの絵に驚いたせいか、はじめ生徒たちの活発な反応がありません。しかし、やがて次々に質問の例をあげ始めました。

——その部品はどんな部品ですか?

——どの位の重さですか?

——その問題はどんな工場で起きたのですか?

 他にもたくさんの質問のアイデアが出されましたが、ばらばらで、どれもそれほど重要な質問ではありません。経験を積んだ技術者だったらどんな質問をしたでしょうか。優れた技術者の考え方には、システム・アプローチと呼ばれる特徴があります。何かを改良しようとする時に、普通の人は、対象の部品や機械そのものについて集中して考えます。目の前の明るく大きなスクリーンに対象のものがくっきりと浮かび上がってしまって、改良のしようが無いように見えます。ところが、優れた技術者の頭の中では、テレビの編集者のモニターのように、何十ものスクリーンが同時に見えています。一つひとつのスクリーンに映っている映像は別の画面です。全てのスクリーンが一緒になって対象の部品や機械を様々な観点から映し出しているのです。仮に、私たちが自動車を改良しなくてはならないとしましょう。幾つかのスクリーンでは対象の自動車はもっと一般的なもの(上位システム)の1部として映されています。例えば、自動車生産の全工程の一部、あるいは道路交通システムの一部ということです。自動車の中でどのようなことが起こっているのか、燃料の持っているエネルギーがどのようにして機械的な移動のネネルギーに変わっているのかを示す多数のスクリーンもあります。また、別のスクリーンでは昔の四輪馬車から始まって最新型のフェラーリまで自動車の歴史が映されています。将来の自動車の構造を映したぼんやりしたスクリーンまであるようです。このような仕組みをアルトシューラは優れた思考のマルチスクリーン構造と名づけました。

システムアプローチの図

 今日、殆ど全てのシステムは相互に結びついた多数の下位システムから成り立っている複雑なシステムです。下位システム同士の結びつきには分岐が多く錯綜しているために、システムのある部分の変化は必然的に他の部分に影響を与えてしまいます。このため、ある箇所を改良しようとする時に、その箇所自体を改良するのではなく、全く別の箇所を変化させることで狙った改良を実現できることがあります。そして大切なのは、その別の箇所がどこか理解できることで、そのために多数のスクリーンが必要なのです。このような考え方を身につけるのは難しいことでしょうか。

——でも、これって当たり前だよ。アルトシューラの前には誰も知らなかったの?

——知っていました。

 人類の歴史のなかには、世界は全ての部分が眼に見えない糸で結びつけられている1つの不思議な仕組みだと受け取られていた時代がありました。中世の世界観の基礎には全ての物、全ての出来事には神様が決めた本質があるのだという考え方があります。ですから、星の動きと人間の運命との間に結びつきがあることは当たり前と思われていて、占星術は大変重要な学問だったのです。4つの惑星はそれぞれ土、水、火、風という自然の4つの主要要素に従っています。四要素はまた四種類ある人間の性格にも影響を与えます。四惑星と四要素は鉱物、植物、動物の中に自分の「代理」「手助け」を持っていて、それらは人間の何らかの悪徳、あるいは、美徳を体現しています。こうした世界観の全体は天体から虫まですべてが人に結びつき神秘的な関係によってその人の未来を予定しているのです。

 ボスの絵は中世のシステム思考を示す際立った一例です。一見たわいないストーリーの背景に、徹底的に暗号化され聖職者にしか理解できない宗教的あるいは宇宙論的理念、神秘的な関係が隠されているのです。

 一枚の絵があります。ありふれた風俗画のように見えます。一人の旅人が居酒屋から出てきたところです。背景は一見なんのへんてつもない農村の生活です。庭には、牛、豚、ニワトリなどの動物がいます。しかし、絵が描かれた当時の大衆の眼からすると庭にいる動物はただの家畜ではなく、不誠実さや人間の悪徳の象徴です。占星術の観点からするとこの絵はその頃もっとも不吉な惑星とされ人の運命に悪影響を与える土星を象徴しているのです。{同じボスが描いたこの絵に触れた文章です: http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Boschverloren.png

 この壮大な幻想的思考体系はこの世に起こること全てを神学的意味として捉える思想が破綻するのと同時に崩壊しました。神秘的な結びつきは失われ、占星術の図式に替わって本当の科学が現れ、そして、様々な方向を目指して分かれてゆきました。その結果、学者が往々にして、昔話に語られている初めて象と出あった眼の不自由な人々のようになってしまうことになりました。ある人は象の鼻に触れて「象というのは上からぶる下がった蛇のようなものだ」と言いました。他に人は象の足にさわって「象というのは太くて丸い柱のようなものだ」と主張します。また、象の横腹にぶつかった人は「象とは石の壁みたいなものだ」と言い張ったというわけです。

 今日のシステム・アプローチは新しい科学的基盤の上で再生しつつあります。1930年代に「システム分析」という専門的な学問が登場しました。この学問はまだはっきりしないところが多くて、未だに「システムとは何か」という定義についてすら学者たちの意見をまとめることができません。とはいってもシステムというものの主な特徴ははっきりしています。「システムはそれを構成するどの部分も持っていないシステム独自の特徴を持っている」ということです。例えば、飛行機というシステムは「空を飛ぶ」という特徴を持っていますが、飛行機のエンジンも、翼も、胴体も単独では空を飛ぶことができません。

——さあ、セミナーの講師は問題を抱えた工場の人たちにどんな質問をしなくてはなりませんか?

——どんなシステムなのかはっきりさせなくっちゃ!

——システムの中に鋳物をきれいにするところの他に、何がありますか?

 その通りでした。

 先生は生徒に質問する一方でシステムの図式を描き始めました。たくさんの四角い枠がお互いに線で繋がれています。まず、鋳物をきれいにするところは、鋳物工場の中にあります。鋳物工場の中には他に鋳物を溶かす炉があり、溶けた金属を鋳型に流し込むところがあります。工場の端っこの炉のそばには炉から出た排ガスをきれいにする浄化装置が据え付けられています。これがないと、周囲一体にすすがまき散らされて仕事ができないのです。

——さて、TRIZの専門家はどんな提案をしたと思いますか?

——決まってるよ、その装置を使って砂の粉塵をきれいにすればいいんだ。

 ジーマが、不満そうに言います。

——それって変だよ。そんなこと工場の人が自分で気がつかなかったはずないよ!

 ところが、実際に工場の人はこれに気がつかなかったのです。この工場の主任は講師に頼まれて工場の見取り図を描いた時に排ガス浄化装置を忘れてしまったのです。「ここには何があるんですか?」と質問されて初めて、肩をすくめて無関心な様子で(彼は、そんな質問は役に立たないと決めつけていたのです)「そこには、……」と言い始めてから、はっとしてTRIZ専門家を見つめたのです。

 みんなはもっと問題を出してとせがむのですが、ここで「システム遊び」をすることにします。

——ここの食堂のそばに立っている外灯と今黒海{サマースクールのあるモルドヴァから一番近い海は黒海です}を航行中の船との間にはどんな結びつきがあるかな?

 だれも声を上げません。はじめは手助けが必要です。外灯はドニエプル川にある水力発電所の電気を使っています。ドニエプル川の水は黒海に流れ込みます。そして、ドニエプルから黒海に流れ込んだ水が丁度今(十分可能性のあることですが)船の舷側にぶつかっていることでしょう。

——これは、外灯と船とを結びつける1つの例というだけです。他には?

 生徒たちはシステム遊びの仕組みを今度は理解したようです。色々なアイデアが出てきました。

——外灯の鉄柱の鉄を作った工場の人がその黒海の船に乗っている!

——船の丸窓のガラスと、外灯のガラスとが同じ工場で作られた。

・・・

問題9

 コンピュータの時代が始まった頃。どのコンピュータも真空管を何千個も使った膨大な装置だったころの話しです。あるコンピュータにおかしなことが起きました。コンピュータが女性に恋をしてしまったようなのです。というのは、コンピュータが設置された部屋にある女性プログラマーがいる時はコンピュータに次々と計算エラーが発生するのです。 どんな説明ができるでしょうか?

 生徒たちは始め笑っていましたが、やがて考え込んでしまいました。思いつきで外灯と船との間の結びつきを言うのは簡単でしたが、実際に確認することはできません。今度はシステムを分析して実際の結びつきを発見しなくてはならないのです。そもそも、この問題は難しいわけではありません。TRIZの方法を使えば簡単に解くことができるのですが、新入生はその方法をまだ勉強していません。一方、シニアの生徒たちには、新入生の手助けをしないようにと頼んであります。新入生は仲間同士で相談して色々空想めいたアイデアを考えだしました。例えば、女性プログラマーが破壊工作をしているのだとか、コンピュータがエラーをしたのではなくてメンテナンスの担当者が美しい女性に気を取られてエラーをしたのだというのです。しかし、ターニャが解答のアイデアを出してくれました。ターニャは自分がその女性プログラマーだったらと考えてみました。そして、その女性の着ていた服が原因ではないかと言うのです。実際、女性プログラマーは合成繊維の服を着ていました。合成繊維の摩擦で静電気が発生してコンピュータに影響を与えて「混乱させて」いたのです。

——それじゃあ、一等星のアルタイルと白墨との間にどんな関係がある?

 次には、こんな質問を出してみました。どんなもの同士の間でも必ず何らかの結びつきを見つけることができるのです。

 今日の授業はここで終わりにしましょう。アルタイルと白墨の関係は休み時間に考えてもらうことにします。

「創造性」についての1回目の討論会

 今日は「創造的な人というのはどのような現象なのか」、創造的であるためには心あるいは思考がどんな特性を持っていなくてはならないのか、ということについて議論します。サマースクールの各クラスは本当に創造的だと考えられる人についてスピーチを準備してきました。

 まだ焼け付くような陽の光がさしています。野外の舞台は暑いし、食堂はむしむしします。そこでクラス間交流会は舞台の裏のリンゴの木陰の草地で開催することになりました。今日の交流会の司会はRTVクラスの先生です。始めに話すのは、生物学のクラスです。

——ニコライ・イワノビッチ・バビローフはソ連の優れた生物学者です。進化主義、システム論、生物地理学、遺伝学などの分野に大きな業績を残しました。彼の特徴は強い目的意識を持っていたことです。商業の道に進ませたいと考えていた父親の反対にも関わらず子供の時から生物学者になることに決めていました。大変勤勉な人で毎日18時間も仕事をしました。彼は何度か外国の育種センターで勤務しましたが、彼が転勤で去った後に残った職員に一週間の臨時休暇を与えたという逸話があります。彼は学問上の論敵を「圧殺する」ことを一切しなかったといわれます。逆に、農学アカデミーの総裁の要職にありながらあらゆる手段を使って論敵を支援しました。学問上の議論では「あなたが私を論破して下されば大歓迎です」というのが彼の姿勢でした。一方で自分の学問上の信念に忠実で「火の中に入れと言われれば入るし、火あぶりにするというならそれを受け入れましょう。しかし、信念を曲げることはできません」……

 次に、RTVクラスの代表が続けます。

——ジュール・ベルヌは子供の時に船乗りになりたいと考えていましたが、結局作家になりました。彼は自分の作品の主人公が辿った道筋を地球儀に記入していましたが、晩年には、地球儀に線を引いてないところをみつけることが難しいほどになりました。彼は、科学・旅行・発見を描く長編小説と言う文学上の新しいジャンルを創りました。ジュール・ベルヌは、長年、朝5時から10時まで図書館で非常に広い分野の科学技術についての抜き書きを行ないました。彼は生涯を通じて、午前中は新しい本を書き、午後はそれまでに書いたものを修正するという仕事のスタイルを続けました。彼の死後には、科学や技術の発展に関する様々な問題についての抜き書きを集めた2万冊にものぼるノートが残されていました。

 地理学クラスは有名な地理学者ではなくアラン・ボンバールについて話しました。アランは海で遭難した人々が死ぬ理由は水を飲むことやものを食べることができないためではなく、恐怖と生きるために何もできないという絶望感が理由になって死ぬのだという考えました。彼は、これを証明するために、予備の食料や飲み物を持たずに単独で救命ボートに乗って大西洋に乗り出しました。漂流は65日間におよび、この間アランは魚とプランクトンしか食べられませんでした。漂流の間に25キロもやせて爪も剥がれてしまいましたがアランは人が漂流を乗り切ることができることを証明したのです。

 天文学クラスが選んだのはコンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキーです。飛行機もまだ発明されていなかった20世紀の初めにツィオルコフスキーは人類が宇宙に乗り出すべきだと提言しました。あざ笑う人もいましたが彼は意に介さず、宇宙旅行に関する理論的な計算を記した小冊子を自費出版しました。後に宇宙工学の基礎を作ったフリードリッヒ・ザンデルやセルゲイ・コロリョフもこの小冊子を読んで学んだのです。

 物理学クラスはピョートル・レオニードビッチ・カピッツァについて話します。彼ははじめ原子物理学の分野で研究生活に入り、その後、世界的に最も有名な物理学研究所の1つイギリスのキャベンディッシュ研究所で永年研究を行いました。ラザフォードの秘蔵っ子として強力な磁場を作る研究を長期間続けた後に帰国すると、超低温という全く別の分野の研究に移りました。彼は液体ヘリウムの超流動性を発見し、それによってノーベル賞を受賞しました。科学的な研究だけでなく工学的問題の研究にも関わり、産業で広く使われることになった、ヘリウムや酸素の液化装置というすばらしい発明を行い実用化しました。さらに、もう一度研究分野を変えて超高温プラズマと高出力エレクトロニクスの研究を行いました。彼は分野を変えるたびにゼロから始めましたが、そのつどすばらしい業績を達成しました。

 芸術と民族学のクラスの生徒はリトアニアの画家ミカロユス・チュルリョーニスを取り上げて話します。彼は20世紀始めのリトアニアの最高の作曲家でもあり2つの高等音楽院を卒業しましたが、良い条件で提供された音楽の職に就かずに美術学校の学生になりました。しかし、彼の絵画がリトアニアでは受け入れられなかったためサンクトペテルブルクに移住し、飢えと病の熱の中でロマン的空想的な絵を描いてゆきました。彼の絵は、当時まだ生まれていなかった映画のように、絵画と音楽とがダイナミックに溶け合った作品でした。彼は無名のまま36歳で亡くなりました。しかし今日、チュルリョーニスは芸術に新しい道を切り開いた偉大な芸術家として世界に知られています。

 人類の記憶に残る生涯を送った人々は、ゲオルギー・セドフ、ロバート・ピアリー、ロアール・アムンセンなどの探検家、アーネスト・ラザフォード、パーベル・オシチェフコーフ、ロバート・ウッド、ジェームズ・クラーク・マクスウェルなどの学者、ニコライ・ピロゴーフ、センメルヴェイス・イグナーツなどの医師、マルセル・マルソー、ガリーナ・ウラノワ、マリア・エルモーロヴァなどの舞台芸術家、他にもまだまだ多数います。

 各クラスの代表の話が終わりました。討論会が始まります。

天文学クラス:セルゲイ——僕の考えでは創造的な人の主な特徴は、大きな、そして、人にとってとても大切な目的を持っていることだと思います。ツィオルコフスキーやボンバールみたいに。やりたいと思うことが大きければ大きいほど、やり遂げることも大きくなるんです。

生物クラス:アーニャ——私はあまり大きな目標だとひるんでしまい、怖くなって、どこから始めればよいかわからないと思います。多くの人は、始めは目標を選ぶというより、自分が仕事をしたい分野を選ぶことから始めたのだと思います。例えば、バビーロフは生物学者になりたいと思いました。生物学の中で何を研究するのかはまだ判らなかったのです。それに、仕事を始めてからも生物学の色々な面を研究しました。

 早速議論が始まりました。ある生徒は、始めから大きな目標を持つことが必要だと考え、他の生徒は始めはあまり大きな目標から始めないで、目標は後になってからだというのです。この議論は、顧問役の心理学と社会学の先生が整理してくれました。

——この点については、論争をしても意味がありません。色々な傾向を持った人たちがいるということなんです。ある人々は目の前に大きな目標があって初めて仕事をする気持ちになれる。そうでないとつまらないのです。しかし、創造的な活動に徐々に惹き込まれてゆく人もいます。この人たちにとっての目標を進むに従って遠ざかってゆく地平線に例えることができます。

 創造的な人にとって必要な大切な特徴の一番目を「目指す価値のある目標」ということにしましょう。他にどんな特徴があるでしょうか。

物理学クラス:ビオーリカ——創造的な人の一番大切な特徴は創造的な能力だと思います。頭が柔らかくて、イメージが豊かで、観察力があって、分析ができて、新しい物を生み出す力がある。

RTVクラス:ターニャ——私は創造的な人は、バビーロフ、ツィオルコフスキー、カピッツァみたいに、失敗や困難を耐えて自分が選んだ道を捨てずにいることができないと駄目だと思います。

アーニャの補足——それに、たくさん仕事をすること。

RTVクラス:ジーマ——創造的な能力って創造のための問題を解決する力だけど、新しいものを生み出す発明の方法を使いこなせることだと思います。創造的な人は誰でもTRIZを知らなくちゃあいけないんです。TRIZは発明や創造のための問題を解決するために必要なことをみんなまとめた理論なんです。

生物クラス:ゲーナ——才能とか直感はどうなの。創造的な人には大切なことなんじゃない?

 ジーマが質問を返します

——君の言う才能ってどういうこと?

 ゲーナが答えます

——生まれつきの能力。簡単にこうって言えることじゃないわ。

 RTVクラスのチューターをしている教育学の大学生が補足して説明します。

——現在では確信を持って言えるんですが、健康に生まれた子供は誰でもそうした才能を持っています。そうでなかったら、一才半の赤ちゃんが話せるようになることについて説明がつきません。場合によっては始めから複数の言葉を話せるようになるんです。赤ちゃんは大人が話すのを聴いて、言葉が持っている法則を把握して言葉を覚えるという複雑な仕事を自分の力でやり遂げるんです。

 ターニャが驚いて質問します

——でも、赤ちゃんがみんな才能を持っているとしたら、みんなが天才にならないのは何故なんですか?

——その点についても面白い仮説があるんです。人の能力の発達の問題を永年研究してきたボリース・パーブロビッチ・ニキーチンは色々な能力それぞれについて発達に適した時期があると考えています。例えば、話し言葉を習得するのは一才半から二才。三才から四才は音楽の能力の獲得に適しているということです。ニキーチンは子供が創造的な人に育つのはそうした能力を身につける養育環境が良いタイミングで揃っているからだと考えています。しかし、タイミングを逃すと何らかの能力を得る機会が失われることになります。ニキーチンによれば、才能のある人というのは自分が持って生まれた可能性を開花することができた人なのです。才能があるのが当たり前なので、才能を欠いているということは養育や教育の仕方が正しくなかった結果なのです。

 ターニャががっかりした様子で質問します

——ということは、私たちはもう才能豊かにはなれないってことですね。

——そういうことではないんです。能力が失われていることに何も手が打てないというわけではないんですが、大変な努力が必要なんです。ところが、タイミング良く始めた人にはそれが簡単だということです。

 ここで、RTVの先生が口を挟みます。

——私は「才能」という言葉は嫌いです。この言葉は、それぞれ個別に発達したり衰えてしまう様々な能力の複雑な組み合わせを隠してしまう「まやかしの言葉」なんです。このまやかしから、才能というものが一旦与えられたら一生それが決まってしまうといった重大な誤解が生まれるんです。私たちは何もしないでいることや、お酒の飲み過ぎや、麻薬によって才能が失われることを知っています。逆に、発達させることはできるんでしょうか? 才能については判りませんが、意思があれば、能力を発達させることは明らかに可能です。

——先生自身、何かの能力を発達させることできたんですか?

 ちょっと失礼な質問ですが、答えなくてはなりません。

——私は常に勉強して、本を読んで、人に教えて、自分でも研究を行っています。結果はどうでしょうか。50才の現在、私が18才だった時よりも記憶力はずっと良いと思います。読んだことはずっと早く、ずっと良く理解できると思います。アイデアも若いときよりたくさん出てきます。筋肉の反応速度は知力の発達と密接に結びついていて、通常年齢とともに遅くなるということが知られています。私の場合は、筋肉の反応速度はボクシングをやっていた16才の時より早くなっています。誰か、試してみますか?

 生徒は皆笑っています。RTVの先生は授業の他にボクシングの練習も担当していますから、筋肉の反応速度の確認をしようとする生徒は一人もいません。

——アメリカ英語に「Self-made-man」という奇妙な表現があります。これは、自分で自分を作った人」という意味です。言い直せば「自分作りの名人」ともいえるでしょう。私はこうした人をたくさん知っています。彼らは皆TRIZ仲間の私の友人で、学者、技術者、組織のマネージャー、芸術家、教師などが含まれますが誰をとっても「自分作りの名人」なのです。

 ゲーナはまだ引き下がりません。

——直感はどうなのかな? 直感ってあるの? 無いの?

——有名な船舶設計者、数学者で科学アカデミー会員のアレクセイ・ニコラェビッチ・クルィローフが著書で自分の先生だったピョートル・アキンジノービッチ・チトーフについて書いていることを紹介しましょう。チトーフは19世紀の末にペテルブルグの造船所の所長をしていた人で、田舎の小学校すら卒業していないのですが、造船の分野ではまたとない専門家でした。こういう逸話があります。あるときチトーフ先生がクルィローフに「舷側クレーンのビームをどう作るか計算してくれないか」というので計算して結果を見せました。するとチトーフは自分の書類箱から一枚の図面を取り出してこう言うのです。「お前さんの計算式は間違ってなさそうだな。俺が目検討で指示したのと同じ結果が出ているよ。」

——直感でしょうか。そうだとしたら、直感とは何なのでしょうか? これは、話すことを学ぶ赤ちゃんが生まれながらにして持っている能力、言葉で表現することのできない、隠れている法則性を理解して使いこなす能力そのものです。クルィローフがビームの計算をした時にはこうした法則を意識的に使ったのに対して、チトーフが目検討で指示を出した時には同じ法則を無意識に、しかし、全く正確に使ったということなのです。しかし例えば、ルーレットのゲームのように全く法則性の無いところではこうした直感はあり得ません。ですから、人の直感が効果的に働くところでは、直感を科学に置き換えることが可能なのです。直感は、法則性が隠れていることの兆候です。そうした法則性を解明して、直感としてではなく、意識的に活用しなくてはならないのです。これがTRIZが依って立つ基盤なんです。

 これは司会役のTRIZの先生の説明です。このサマースクールでTRIZは一目置かれています。ここで、数学クラスのサーシャが発言を希望します。

——RTVクラスの友達に聞いたんですけれどTRIZは新しい物を作り出す上での問題の解決の仕方を教えて創造的な能力を養ってくれると言っていました。でも、TRIZって最近作られたんでしょう。TRIZができる前も創造的になることを勉強できたんですか? 直感という程度でも良いんですけど?

——勉強することはできましたよ。人類の歴史には人類が登場したのと同時に生まれた強力な創造性の学校があるんです。それは芸術です。でも芸術の役割については、別の討論会で話し合いたいと思います。

 食堂の人が夕食の当番を呼びにきました。しかし、議論のまとめが終わらないうちは誰も討論会を抜け出したくありません。そこで、司会はこれまでの議論を次のように整理しました。

——創造的な人は次のような特徴を持っていなくてはなりません。

  • 目指す価値のある目標を持っていること
  • 仕事をたくさん、効率よくすることができること
  • 創造的な{=新しいことを生み出す上で解決しなくてはならない}問題を解決する能力を持っていること
  • 運命に負けないこと(ボクシングでもTRIZでも「打たれ強い」という表現を使います)

 これらが、創造的な人の4つの主な特徴です。本当は、あと2つあるのですが、これについては討論会では、すこししか触れられなかったか、あるいは全く触れられませんでした。

  • 自分の仕事を計画的に組織できること。

 これについてはアムンセンについて話した生徒が、彼が自分の将来を本当に年ごと月ごとまで計画して、予定した計画が達成できたかどうか常にフォローしていたことを話しました。この点は創造的な人の多くに共通する非常に重要な特徴です。目標に到達する道筋は段階に区分され、その段階は一つひとつ順番に達成されてゆきます。目標に到達するための詳細な計画を作って、達成状況を綿密に管理してゆかなくてはなりません。

  • 仕事の有効性

 生徒はこの特徴についてほとんど触れませんでした。あたり前のように見えるからです。しかし、創造的な結果というものは、単に狙いとして正しかったというだけでなく、必ず結果の有効性を伴っていなくてはなりません。バビーロバ、ツィオルコフスキーの科学的な業績やジューヌ・ベルヌの何十冊という作品はそのような結果を伴っていましたし、アラン・ボンバールが大西洋上で一人で生き抜いたという事実も同様です。

 それでは、6つが必ず揃っていなくてはいけないのでしょうか。それは、創造性の水準の問題です。第一(最も低い)段階、例えば1つの問題を解決するなどして一度だけ何らかの創造性を発揮するという水準から、ある人が一生創造的な成果を出し続けて、あらゆる面で最大の効果を発揮するという最高の段階まで考えることができます。どちらのケースも研究対象としてそれぞれ興味深いところがあります。ある人が、何故突然創造性を発揮したのか? その創造性は何故失われてしまったのか? 残念なことに、人類の歴史にはレオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、エジソン、カピッツァといった最高水準に創造的な人はごく少ししかいません。

 しかし、社会の発展に伴って創造的な人物が次第に増えてきているということは疑いありません。人類の歴史上の創造的な人物の90%以上は20世紀に生きていたということだけでも、これを証明するのに十分です。これは偶然ではありません。人々は潜在的には非常に大きな才能を秘めているのですが、ごく少数の人しかその才能を開花させることができません。ゆっくりと発展していた古代や中世の社会では自分の力で考えられる高い才能を持った人はごく少数しか必要とされませんでした。社会自体が才能の発現の機会を与えず、しばしば才能を押し殺してしまいました。産業革命の始まりとともに創造性に対する需要が増加するようになりました。20世紀の産業社会では創造的な人が数多く必要とされ、社会も人々が創造的になること、創造性を発揮することを可能にしました。21世紀の情報社会は全ての人にとって創造的で才能に満ちていることが当然となり、社会の側は人々が元々持っている才能を発揮できる条件を整えることを求められることになります。

第5日の夜の省察

 もうすぐ深夜です。ディスコティックの音は鳴り止みました。恒例となっている日中の行事の総括も終了しました。今日は初めての討論会について話し合いました。生徒たちは活発に議論に参加してくれましたが、全員という訳にはゆきませんでした。残った消極的な生徒も巻き込まなくてはなりません。どうすれば良いのか、まだ判りません。

 全体として討論会はうまくいったと言えるでしょう。これは私たちにとって大変大切なことです。創造性の方法を使えるようになったからといってその人が創造的になったというわけではありません。逆に、最新の創造的手法を身につけた悪党、犯罪者、詐欺師、権力欲のマニアは危険なだけです。私たちの目標は子供たちに単に問題の解決の仕方を教えることではなく、まず第一に、子供たちの中にある創造的人格の芽を育てることです。そのためには議論し、話し合うことが必要なのです。しかし、何故議論することが必要なのでしょう。今日の議論で創造的な人の特徴は明らかになりました。子供たちを納得させる例はいくらでも教えることができます。こうすれば、時間を大幅に節約できます。そうすることは可能です。しかし、それでは一方の耳から入ったことがもう一方の耳から抜けてしまう学校の退屈な授業と同じようになる恐れがあります。ところが議論をしている時には、生徒はお互いの言うことに注意深く耳を傾け、何か新しいことを理解できた時の喜びを感じることができます。その分だけ、しっかりと理解し、しっかりと記憶されることになります。議論を通じて理解させることは、異なるところもありますが、後に紹介する問題による教育と原理的には似ていることなのです。

 ベランダで声がします。議論が続いていますが、話は少し違う方向に進んでいるようです。女性が創造的になる必要があるかどうかというのです。子供たちは大変多くのことを知っています。一般向けの書物をたくさん読んで、テレビを見ています。生徒たちは矛盾やシステムアプローチの考え方を少しずつ使い始めていますが、生徒の頭の中には混乱しているところもたくさんあります。彼らは私たちが見ている間に少しずつ変わってゆきます。それを見ているのは実に楽しいものです。

 討論会ではたくさんの質問がありました。しかし、私たちが期待していた質問が1つ出てきませんでした。「どうして全ての人が創造的でなくてはいけないのか?」という質問は誰も口にしませんでした。ひょっとすると、科学協会の会員にはこの質問の答えは当たり前なのかも知れません。ここにいる生徒たちは創造性を学びたいと思ってサマースクールに参加したわけですから。しかし、単に考えがそこに及ばなかったのかも知れません。

 「人類の歴史は全てピラミッドを破壊する歴史だ。権利の平等を求める戦いだ。」G.アリトフのSF短編「焼け付く理性」の主人公、船医のプローシキンはこう語っています。子供たちと一緒に湖の浜辺で読んだ物語です。

 始めは物理的な力のピラミッドがありました。強い者が全てを取るというものです。そのピラミッドは破壊されました。次に生まれの高貴さというピラミッドの順番がやってきました。このピラミッドはブルジョア革命で破壊されました。替わって出現したのは富のピラミッドです。ソ連では社会主義革命によってこれも取り除かれました。しかし、真の平等はまだ達成されていません。能力のピラミッドが残っているからです。このピラミッドは人生最大の喜びである創造的な仕事の喜びを手にする機会を大多数の人々から奪っているのです。文明がある段階に達すると人間の最大のニーズは自分自身の能力に対するニーズになります。今日では、物質的なニーズにしろ、精神的なニーズにしろあらゆるニーズがやがて満たされてしまうことは明らかです。高価な物を追い求めることも、旅行をして回ることも、はやりのコンサートに行くことも、良い本を読むことすらも、自己実現につながらないとすれば遅かれ早かれ飽きてしまう時がきます。決して満たされることの無い唯一のニーズは、自分で使うことでなく他人に与えることに本質がある創造のニーズなのです。

 SF物語の主人公プローシキンは最後のピラミッドを破壊する空想上の方法を発明しました。一方、プローシキンを生んだ著者ゲンリフ・アリトフ(G.S.アルトシューラの筆名です)はTRIZとRTVを作ることによって現実の生活でこのピラミッドを破壊する方法を発明したことになります。

第6日 良い発明ってどういうもの

 今日はこの問題から始まります:

問題10

 細いパイプを成型する時にはパイプ成型器を使います。加熱した丸棒状の素材を多数のローラーで周りから押して高速で回転させながら絞り、反対側から丈夫な鋼鉄製のシャフトが素材の真ん中に穴を通してゆきます。その際に個々のローラーが素材を押し付ける圧力に小さなばらつきがあるためにシャフトが少しだけ曲がり、結果として完成したパイプの肉厚に箇所によるばらつきが残ることになります。

先生は、生徒たちがブレーンストーミングを始めないうちに話し始めます。

——次の2つの発明があります。皆さんはどちらが良いと思いますか?

  1. パイプの肉厚にばらつきが生じないように向かい合ったローラー同士が素材を押し付ける力を調整する油圧ジャッキを取り付けます。パイプの状態を検知するためにレーザー測定器が開発され、シャフトの位置を調整するために強力な電磁石を設置しました。これらの装置のコントロールはコンピュータで行ないます。ただし、高熱で火花が飛び散る環境なので電子機器には過酷な条件です。
  2. もう1つの発明。装置は全て前のままですが、成型に先立って素材の外側を均一に冷却します。こうすると、素材の外側の層が内側よりずっと固くなるため、穴をあけるシャフトは柔らかい真ん中を通るので曲がりません。

 生徒たちが2つの解決策について30秒程度考えたところで、ボーリャが大声で叫んでみんなを笑わせます。

——マカロニの穴みたいだね!

——さて、どっちが良いと思う?

 ほとんどの生徒が2つ目を選びます。どうしてでしょう? 1つ目の解決策はすごいじゃない。レーザーとコンピュータだよ。ジーマが考え考えゆっくり言います。

——2つ目の方が……気が利いていて、すっきりしてる。多分、おとぎばなしの様に、いち、に、さんででき上がりっていう方がきれいな解決策なんだよ。

 ターニャも言います。

——技術って、簡単で目立たなくなっていかなくちゃいけないんだ。

——でも反対になんでも大きくて複雑になってるじゃない。

 みんなが反論します。ターニャもそれは判っているのですが、自分が言ったことにこだわっています。みんなが熱くなり始めたので口をはさみましょう。先生は生徒たちに1つ質問します。

——みんな、どう思う。理想的な自動車ってどういうもの?

——時速200キロで走るくるま!

——1リットルのガソリンで100キロ走れるの!

——絶対故障しない……

 数々のアイデアが飛び出します。先生より生徒の方が自動車に詳しいようです。でも、出て来た答えは先生が待っていた回答ではありません。

——理想的な自動車とは、自動車は無いのに、自動車の機能(はたらき)はある、そんな自動車です。

 シニアのボーリャは黙っていられません。

——つまり、自動車は無くたって、いつでも行きたいところへ行ければいいってことだよ。

 新入生たちが驚いて言います。

——自動車が無いって、どういうこと?

 その通り、TRIZでは理想的な機械をそのように定義しているのです。技術の進化で一番大切な法則は「あらゆるシステムは理想的な状態になろうとし、理想的な機械に近づいてゆく」ということです。

 だからといって全てのシステムが無くならなくてはいけないということではありません。機械の重量1キログラムあたり、あるいは機械の体積1立方センチあたりでとらえた有益な機能が増えてゆく、機械の進化はそういう方向に進んでいるのです。例えば、1950年代には出力10万キロワット時のタービン発電機は重量が250トンありました。ところが、1970年代に作られたタービン発電機では出力50万キロワット時のものが380トンの重量でした。1キログラム当たりの出力を比較すると新しい発電機は3.3倍に増えています。使われている材料が少なくなって出力が大きくなっているのですから、タービン発電機が無くなる方向に進んでいるわけです。でも、携帯電話について考えると、大きさはここ20年間それほど大きく変わっていませんが、これは、あまり小さい携帯は使いにくいからです。一方で携帯が持っている機能はどれほど増えたことでしょうか。情報を送り、写真や、ビデオを撮影し、インターネットにつながり、ナビとして使え、音楽をダウンロードし、言葉を翻訳する。他にも多くの機能をもっています。

 ここで先生が黒板に1枚のポスターをかけました。

システムの理想性の増加
システムの理想性の増加の図

——発電機や携帯のことはわかるんですけど、機械が無いのにその機械の機能があるってところがわかりません。そんなことってないでしょう? それってないです。

 そこで先生は自分が経験したできごとについて話し始めます。

問題11

 自動スイッチの接点の部品は表面を銀で被覆処理していました。この加工は部品を銀の塩の溶液に浸けて行ないます。しかし、部品全体を銀で覆うのではなく先端部だけです。このため溶液を入れた容器の上部にネットを張ってその上に被覆処理する先端部を下にして部品を置くようにしてあります。こうしておけば消費する銀の量を節約できるのですが、不良品がたくさんできてしまいました。容器の中の溶液の量は常に変化しているため先端部の被覆箇所の高さが不十分だったり、逆に、余分な高さまで被覆処理をして銀を無駄遣いしてしまうことになるのです。この対策として容器内の溶液の高さを一定に制御する装置を導入しました。この装置には、溶液の水準センサー、溶液を出し入れするバルブ、電子制御装置などが含まれています。しかし、この装置は2年たっても期待したように動きません。 センサーやバルブが塩の影響を受けてうまく働かないのです。

——どういう対策が理想的だったでしょうか?

——溶液の量が大きく変化しても、部品が溶液に浸かる高さが常に一定になるようにすること。それに、装置や、センサーや、コンピュータとかは使わないこと。でも、それって無理だよ!

——私、前にウラジオストクで海のそばに住んでいたんだけど、潮が満ち引きしても船は一緒に高くなったり低くなったりして、きれいだったわ……

——ネットが容器の中に浮かんでいるようにすればいいんだ。浮きにネットを取り付ければいい!アルキメデスの原理を使うんだ!

——そう、先生たちもそうしたんだ。それを決めるまでにはもっと時間がかかっちゃったけどね。アルキメデスの原理がセンサーや制御装置の代わりをしてくれたことになるね。

  生徒たちは大喜びです。どんどん早く答えが出せるようになっています。

問題12

 大型掘削機の駆動部の大きな歯車の先端が摩耗してしまいます。摩耗するのはほんの1〜2ミリですが直径数メートルの歯車全体が使えなくなってしまいます。どうしたら良いでしょうか?

——歯のところを溶接すればいい!

——そう簡単じゃあないんだ。溶接した後で全部の歯を機械加工しなくちゃあならない。その加工が難しいよ。

 他のアイデアは出てきません。理想的なケースはどういうことか考えてみたらどうでしょう? 例えば、魔法の杖があって、何でも望みを叶えてくれるとしたら。

——摩耗した歯が自然に伸びてくる!

 ジェーニャが疑わしげに言葉を挟みます。

——どうやって、自然に伸びるの。歯車はの歯は自分では何もやりゃあしないよ。そりゃあ……

 するとミーシャが叫びます。

——わかっちゃった。歯車の歯をすこし押しつぶせばいいんだ!

 それでいいのです。必要な鋼の量はほんの少しだけです。大きな歯車はその鋼の大きな固まりです。その鋼は、私たちにとって、物質の資源です。その鋼をある場所から別の場所に少し移動させるだけです。これが正解です。この修理方法を使っているのは歯車だけではありません。

 生徒たちは技術の話しばかりで疲れたようです。そこで女の先生は次のようなちょっと変わった質問をしました。

 アメリカの作家テリー・グッドカインドは「真実の剣」というシリーズ作品の中で「問題について考えるな。解決策について考えろ」という、ちょっと変な教訓を何度も繰り返しています。TRIZの観点から見てこの言葉をどのように説明したらいいでしょうか?

 生徒たちは10分間もがやがや相談を続けています。先生は邪魔をしないようにしました。十分時間をおいてから、次のようにきちんと整理しました:

  • 問題にばかり集中する人は試行錯誤法で答えを探そうとして、色々な方向を向いて試してみようとするので、あっという間に自分の方向を見失ってしまいます。
  • 解決策について考える人は最終的に理想的な結果、つまり問題が解決されてしまった後のシステムの様子をイメージするところから考え始めます。それから、始めの問題とそれが解決された結果のイメージとの間に道を付ける、あるいは、橋を架けることを考えるのです。
  • 橋は、現実の橋と同じように両側から同時に作ってゆきます。
    • 解決策にはどんな資源が必要なのか明らかにする。
    • システムの中にどんな資源があるか明らかにする。
    • 実際にある資源を、必要な資源に変える可能性を探す。
問題から解決策への道の図

 理想に近い優れた解決策は、どこか「よそから」新しいものを持ってこないで、システムの中に既にあるのに使われていない「資源」を利用した時に生まれるということを生徒たちが理解することが大切です。多くの発明は、まさにこのようにしてなされました。人々は使われていないエネルギー、からの空間、有益な目的のために使われていない時間などを活用することができるのだと気づいたのです。

 通常、必要な資源を見分けるには、少なからず創造的な鋭さが求められます。しかしそのためにも、そもそも資源にはどんな種類があるのか、ふつうどこに「隠れているのか」、最も高い効果を得るためにはどう使ったら良いのかなどを理解するために体系的なアプローチを使わなくてはなくてはなりません。

 先生がもうひとつ別のポスターをかけます。

システムの資源の利用
システムの資源の利用の図

 今度は資源の利用についての問題を解いてみましょう。

——さんせーい!

問題13

 タンカーが原油を運んできて海岸近くにある石油精製所に送りこみます。原油を精製所に保管するためには大きな容量を持っているタンクが必要ですが、精製設備だけで敷地が一杯でタンクを置く場所がありません。

——この問題を解決するためにはどんな資源が必要ですか?

——場所が必要なんですから、空間の資源です。

——そうですね。資源の種類は決まりました。今度は、実際にどんな資源があるか検討してみましょう。

——タンカーというシステムがあります。まわりには海、工場、地面、空気……

——はい。空間の資源は全部で5つのあります。地面、水面、水の中の空間、地中、それに空中です。どれを使いましょうか?

——地面には制約があります。だから問題が起きているわけです。水面を使うことはできません。やってきた船が動けなくては困ります。

——空中もうまくいかないな。すごく高い柱を立てなくちゃあならない。ひょっとして、風船の中に保管したら、どうかな?

——飛行機の邪魔にならない?

——水中の方がいいよ。古いタンカーを沈めて、タンクの代わりにするんだ。

 これは、先生の説明です。

——第二次世界大戦でスターリングラードの包囲戦の時にガソリンを積んだ輸送船がボルガ川に沈んだことがあります。砲撃戦の最中でしたから沈んだ船を引き上げることはできませんでした。そこで潜水夫が潜って水中で船までパイプを繫いで、敵の目の前でガソリンを汲み上げることができました。

——地中の貯蔵庫はどう? 地中に洞窟があるとか? これまでに掘った坑道があればそこに原油を保管することができるよ!

——もちろんそうです。しかし、他の種類の資源を忘れていませんか。どうして原油を保管しなければいけないんですか?

——石油精製所はずっと働き続けているけれど、タンカーはたまにしか来ない……

——そしてら、タンカーが原油を運んでいる途中で自分で精製しちゃったらいいじゃない。そしたら、原油を保管しておく倉庫はいらないよ。

 そういう例は実際にありました。この場合には時間の資源、つまり、輸送中の時間を利用しています。石油精製設備を持ったタンカーを建造して、精製の済んだ石油製品を需要家に直接届けるようにしました。

——今度は、資源を上手に利用している例を自分で言えるかな?

 アリョーシャが口火を切ります。

——僕の住んでいる村では果樹の周りに野菜を植えています。これって、空間の資源です。それに、庭で消毒液を撒く時に長靴にポンプがついていて人が歩く力でそのポンプを動かして液体を送り出しているのを見ました。

——それはどんな資源かな?

——エネルギーの資源。

——コンクリートミキサー車はコンクリートを輸送しながら混ぜています。これは時間の資源です。

 ターニャが気づきました。

——時間の資源だけじゃないよ。ミキサーを廻すのにトラックが走る力を使っているんだからエネルギーの資源も利用しているよ。

 とジェーニャが付け加えます。

——僕は、無限軌道式の大きな掘削機が専用の台の上に乗ってそれをタイヤ式のトラクターが引っ張っているのを見たんだけど……

  ジーマが話し始めるとジェーニャが口を出します。

——それは、無限軌道がアスファルトを傷つけちゃうからさ。

 するとジーマが続けて、

——わかった。でも、掘削機は自分のエンジンを持っているんだから、エネルギーの資源が無駄みたいだね。自分のエンジンのエネルギーを利用できるはずだよ。

——もちろんできます。そういう発明がありますよ。自走式トレーラーといいます。無限軌道を動かす歯車とトレーラーのタイヤとを連結させて、運転は掘削機のレバーを使ってやるんです。

 ジーマの質問です。

——使われていない資源を見つけられると、発明ができちゃうってことになりますね?

——できますよ。だって、資源を利用するってことは技術システムの理想性を向上させる法則を現実に見えるようにすることと同じなんです。つまりこの法則は、機械が明日どのように変わるかについてヒントを示しているんです。

——クロノスコープみたいだ!

 ジェーニャが思わず叫びました。さっそくターニャが質問します。

——クロノスコープって何?

 ジェーニャが丁寧に説明してくれます。

——クロノスコープって空想の装置なんだ。テレビの画面みたいにして過去とか未来とかを見ることができるんだ。

——そしたら、画面の数がたくさん無くちゃならないわね。システムの進化の法則の数と同じだけ。

——クロノスコープにたくさん画面が無くちゃあいけないっていうのは良い着想ですね。技術システムの進化の法則について具体的にお話をする時に、必ず使うことにしましょう。さて、今日の授業の最初の質問に戻ります。どんな発明が良いと思いますか?

——わかった。理想性が高い発明で、できるだけコストが少なくて、得られる結果ができるだけ多いものです。

創造の騎士トーナメント

 今日の夕方は全員が野外舞台に集まりました。トーナメントの時間をゆっくり取れるように夕食は早めに済ませました。日が沈み始め空気も涼しくなってきました。

 生徒のグループが8つ舞台に登場しました。物理学、芸術と民族学、数学、生物学、化学、工学、天文学、地質学のクラスが選手を出しています。いないのはRTVクラスだけです。難しい問題の解き方を勉強している生徒が、教わっていない生徒と競争するのでは不公平だからです。その代わり、RTVクラスのシニアの生徒が「プレイング・コーチ」として全てのグループに加わっています。どのグループも自分の紋章を付けています。化学クラスは薄笑いを浮かべたジンがフラスコから飛び去ろうとしているところ、生物学はヒナギクの花、天文学はいたずらっぽい顔のついた尾のある彗星、工学は踊っているロボット、地質学はバックパックを背負った男の人です。サマースクールの支配人が出てきます。トーナメントの審判長です。巻物を解いて厳かに騎士の誓いを読み上げます。

騎士の誓いの図

 最後の誓いが観客の笑いを誘います。支配人がいかめしい顔をして説明します。最後の誓いは、試行錯誤で解決策を探そうとする人のことを言っているんです。考えもしないで、すぐに「こうしたらどう?」と大声を出す人のことです。「選手」たちが声を揃えて重々しく誓いの言葉を繰り返して舞台を降ります。残ったのは物理学クラスと芸術と民族学クラスの選手です。2つのグループが最初に対戦します。

 審判が舞台に呼ばれます。色々な学科の5人の先生が審判として真ん中に腰掛けます。ふた組の選手たちは両端に腰掛けます。試合は3ラウンドで行なわれます。(ここでは、騎士のトーナメントの用語でなくボクシングの用語を使います。その方が、実態に即しているからです。)第1ラウンドは準備してきたプレゼンテーション、第2ラウンドは審判が出す問題の解決、第3ラウンドは打ち合い(お互いに相手が出した問題を解決します)です。課題を解決できたり正しい答えが出せた場合には2ポイント、間違っているけれど気の利いた答えは1ポイント、良い課題には1ポイント、深い知識だけが必要な課題を出すとマイナス1ポイントです。観客も参加して自分のグループを応援できます。自分のアイデアを支配人に伝えて、答えが正しい場合には自分のチームに0.5ポイント加算されます。オリンピック形式のルールで、負けたグループはそれ以上戦えません。優勝したグループには賞品と最後のパーティーの女王を選ぶ権利が与えられます。

 始めに発表するのは芸術と民族学のグループです。テーマは「長期間の宇宙旅行中の退屈対策」です。2人の女生徒が前に出ます。頭にはヘルメットのようなものをかぶっています。

——もうすぐ出発ね。おめでとう。誰もこんどほど遠くに行ったこと無いんだから、うらやましいわ。

——そうね。デネブまで行くなんて、大変だわ。片道だけで20年以上かかるのよ。

——しっかり準備できた?

——もちろんよ。宇宙船は完璧だし、異星人へのお土産も持ったし……

——一番の敵に対する武器は十分?

——消滅砲で木っ端みじんよ!

——私がいう一番の敵って退屈のことよ。20年間もの飛行の間は何するの?

——それは、考えつかなかったわ。だって、宇宙船には何でも持っていけるってわけじゃあないし。グラム単位まで計算しているんだから。それに、図書館にはマイクロフィルムや本とか教科書とか一杯入っているのよ。

——それで退屈しない? 教科書を20年も読むつもり? よかったわね。科学協会のサマースクールの芸術と民族学クラスのお友達があなたの代わりに考えておいてくれたのよ。みんな来て。

 クラスの生徒が順番に舞台の真ん中に出て、アイデアを話します。

——探偵ゲームはどう? 他の人が考えたミステリーの種を当てっこするゲーム。

——宇宙船のコンピュータに、宇宙船のシステムのどこかで故障が起きているようにシミュレーションするプログラムを組み込んでおきます。そのプログラムを直す作業をやっていれば飛行士は退屈する暇がないから、いつでも臨戦態勢でいることができます。

——無重力空間で楽しむ新しいスポーツ競技。掃除機を使ったフィギュアスケート、トランポリンのネットを2つ張ってその間でやるジャンプ、水鉄砲で決闘。

——長期間の飛行で最も困るのは、いつも同じ人たちと付き合っていなくてはならないことです。乗組員が増えることは無いんだから、喧嘩することもできません。でも、解決策があります。飛行中ずっと劇をやるんです。スタニスラフ・システムの俳優みたいに、どの飛行士もみんな役を演じるんです。今日の当直の時は生意気なダルタニヤンと一緒、明日は勇敢なミュンヒハウゼン男爵{『ほら吹き男爵の冒険』の主人公}、明後日は名探偵スティルリッツというふうにやるんです。

 民族学クラスへの観客の拍手が鳴り止みません。アイデアの幾つかはどこかのSFに出て来たかもしれませんが上手にプレゼンテーションしてくれました。今度は相手方の順番です。こちらのテーマは「小宇宙」です。宇宙飛行士が宇宙空間で使う作業ツールの新しいアイデアを考えます。難しい顔をしたテスト委員会の人たちが机に向かっています。応募者がカードを選んで読み上げます。

——カードNo.16。宇宙ステーション・メンテナンスツール。準備しないでこのまま答えを言っていいでしょうか?

 テスト委員が優しい顔でうなずきます。

——宇宙時代が始まったばかりの頃の宇宙飛行士は様々なツールが入った大きな工具箱を運んでいました。それが、今日では大変シンプルになりました。UTA(Universal Tool for Astronaut = 宇宙飛行士用万能ツール)があります。UTAでドリル、金属の切断、研磨、鋲打ち、合わせ目や亀裂の溶接、何でもすることができます。電源は小さなバッテリーですが、必要になれば機械ショップの電源を使うこともできます。UTAには計測機構も付いていますから作業結果のチェックも可能です。また、電波発信機が組み込まれていますから見つからなくなることはありません。

 テスト委員が質問します。

——あなたがコントロールセンターから遠いところで作業している時に艦長から緊急の呼び出しがあったとします。あなたはどう行動しますか? サービス作業をしている時にロケット推進装置を使ってはいけないことはご存知ですよね?

——もちろん承知しています。私は移動用ピストルを使います。一番近い移動用ブイに向けてピストルを撃ちます。ブイには強力な磁石がありますから、少し的が外れても打ち出したいが付きフックをキャッチしてブイに固定してくれます。もう一度引き金を引くとフックにつながっているリードが銃身の下に付いたドラムに巻き込まれます。こうして、ブイからブイに飛び移ってコントロールセンターまで移動します。

 別のテスト委員が意地悪な調子で質問します。

——もし、例えば、バッテリーを交換しなくてはならなくなったとしたら、気密ロックの出入りにどれくらい時間がかかりますか。

——少しも時間はかかりません。気密ロックを通る必要はありません。当直がバッテリーを専用カプセルに入れて緊急脱出装置の蛇腹を通じて届けてくれます。何秒かのうちに私の手元にカプセルが届きます。

——緊急脱出装置の構造はどうなっていますか?

——蛇腹状のチェンバーで磁性流体で密閉されています。磁性流体は強い磁場で固まっていますから、ステーションの気密を損なう恐れはありません。

 テスト委員長が発言します。

——最後の質問です。今日の軌道ステーションでの活動に欠かせない、こうした最新式のサービス装置を作ったのは誰ですか。あわてて答える必要はありません。難しい質問ですから。

——はい、大丈夫です。これを考えたのは科学協会のサマースクールの物理学クラスの生徒たちです。そこには、ぼくのおじいさんもいたんです。

——おめでとう。あなたは、宇宙技術大学の生徒に合格しました。おじいさんにもよろしく伝えて下さい。

——ありがとうございます。次に冥王星と連絡がつく時期に必ず伝えます。

 物理学クラスもみんなの拍手を受けます。さあ、今度は第2ラウンドです。審判が選手に、創造性の問題を出します。

課題 1

 シェークスピアの「夏の夜の夢」の主人公はエルフや妖精たちです。昔の物語だとわかるように俳優は華やかな中世の衣装をまとってこの役を演じるのがふつうでした。しかし、ある演出家がこれは間違いだと思いました。「妖精もエルフも庶民のおとぎ話のキャラクターだ。贅沢な服装ではだめだ。」その結果次の矛盾{TRIZでいう矛盾とは、あちら立てれば、こちらが立たずという状況を指します}に直面することになりました。

 役者の衣装は:

  • 古い時代に見えるようにするためには華やかでなくてはならない、
  • 一方で、庶民の服装に見えなくてはならない。

課題2

 液体ヘリウムを作る設備で一番大切な部品はデタンダーと呼ばれる高さ約3メートル、直径約10センチの垂直に立ったパイプです。ある時、このパイプの中にゴムボール、鉄のボルト、銅製のナットをこの順番に落としてしまいました。落としたものを取り出すにはどうしたらよいでしょうか?

 試合が続きます。次々に課題が出されてゆきます。しかし、ここでは答えを公開しないことにしましょう。自分で解決してみて下さい。今は解決できないとしたら、もう少し後でTRIZの勉強が進んでからやってみて下さい。次は、第3ラウンドの「打ち合い」です。始めは物理学グループが課題を出します。

課題3

 1942年に工芸作家のI.S.チェリャートニコフはアレクサンドル・ネフスキー{13世紀ロシアの武人。ウラジミルの大公、のちにキエフの大公も兼任。スウェーデン、ドイツ騎士団に対抗し数次の勝利を収める。リトアニアと同盟、モンゴルに臣従。ロシア正教の聖人でもある}勲章を作ることを要請されました。勲章にはネフスキーの肖像が描いてあって見ればすぐに誰の肖像かわからなくてはいけないという注文です。しかし、古い時代の人ですから肖像画はどこにもありません。どうしたらよいでしょう?

課題4

 プロボクシングの世界で不思議なことがありました。二流のボクサーが突然ランキングボクサーに連勝し始めたのです。すべてノックアウトです。負けたボクサーの話では相手のヒットはマッチの始めは普通だったのに、次第に強くなり、そのうちにまるでグローブの中に石が入っているように固いヒットになったというのです。もちろん、試合の前に審判がグローブの検査をしますから、グローブの中に石を隠しておくことは不可能です。何が起きたのでしょう?

第6日の夜の省察

 トーナメントは少しの差で物理学クラスの勝ちでした。初日の試合は内容が興味深く生徒たちも喜んでいました。みんなは知識をひけらかすよりも面白いことがあることに気づきました。さて、授業は5日まで終わりました。動揺の時は過ぎました。他の生徒に「勝とう」とする当初の神経質な緊張は小さくなりました。予定より少し遅れていますが、いつも計画通りのスピードで進められるわけではありません。それに、計画は絶対ではありません。時には予定より先に進んで、後で説明するつもりでいたことを話してしまうこともあります。関心が高まっている時には、チャンスを逃すわけにはいきません。今生徒の気をもませていることが、後では彼らの関心を惹き付けないこともあるのです。

 私たちが原則としていることがもう1つあります。どの授業にも必ず楽しい驚きがなくてはいけないということです。時には、良い答えができたときにご褒美をあげます。例えば、冬の間から買い込んでおいた面白い本、食堂で手に入れたお菓子や、ナッツ、特別にきれいなリンゴなどです。間に15分間の休憩をはさんで90分の授業を2回、これをきっちりと続けることはどうしてもできません。生徒は質問をしては小さな休みを取ろうとします。実際のところは、休憩の間も授業は続いているのです。私たちはヴィソーツキー、オグジャーバ、シャーオフと言った歌手の歌を入れたり、時には、ベートーベンやチャイコフスキーの曲を聴くこともあります。多くの子供はこうした曲を何度か聴いたことがあるのですが、自分が考えがちなように古くさいわけではないことに驚きます。

 私たちは授業が単調にならないように気をつけています。主なテーマの他に技術の歴史や芸術について少し話題を入れたり、できる時には、何か面白いこと、例えば発明にまつわる小話を話したりします。来週からは「想像」にもっと力点を置くようになります。しかし、生徒たちはなによりも問題を解くことが好きです。どの問題も、発明家が実際に解いてみせた実例です。中には、私たち自身や、仲間のTRIZ専門家が解決したこともありますし、一般向けの科学雑誌や、特許公報で見つけた例もあります。どの問題にも私たちが「標準解答」と名づけている答えがあります。しかし、これはその解答だけが、唯一可能な解答だというわけではありません。発明者その人のものより、もっとずっと興味深い解決策を授業中に出席者が発見することは稀なことではありません。

 難しいことがもう1つあります。問題の説明の際に技術的に複雑なことは省いて、子供たちが理解できる言葉で表現しなくてはならないことです。たいていうまくゆきます。一番おもしろいのは、このようにして問題を「表現しなおす」ことによって、問題の解決そのものが楽になるのです!

 私たちは極めて広い範囲から問題を選んでいます。主な目的の他に、情報の探し方を学ぶことは生徒の「世界観」を広げて、知識をある意味で体系化することを助けてくれます。問題を1つ、2つ、10、100とやってゆくことで、問題を解決する能力とともに、自分の力に対する自信が生まれてきます。自信は本物の発明家{創造的な人}の最も重要な特性です。

 生徒たちは次のトーナメントを楽しみにしています。数日後にもう一度行なう予定です。紙数を使いすぎるので、この本では2度とトーナメントに触れることはしません。しかし、生徒がトーナメントで解決してくれた課題を巻末に紹介して、読者の皆さんもチャレンジできるようにしたいと思います。

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書誌
Злотин Б.Л., Зусман А.В.
Месяц под звездами фантазии: Школа развития творческого воображения. — Кишенев: Лумина, 1988г.

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