日本語で本格的にTRIZを学びたい人のためのサイト

 TRIZは、20世紀のなかばに、技術史の研究を行うことによって、発明級のすぐれた技術的着想を保証してくれる思考法を発見することが出来るはずだと考えた二人の若き技術者の熱意から生まれました。二人が住んでいたのは、当時ソ連の一部だったアゼルバイジャンの首都バクーです。私の推測では彼らがそのように考えた背景には歴史を内在的法則に従う必然的な過程だと説明するソ連の公式的思想があったと思います。十数年後、二人の若者は別々の道を歩き始めることになりました。ひとりはジャーナリストとしての道を選びましたが、もうひとり、ゲンリフ・サウーロヴィッチ・アルトシューラは一生をかけて若き日の夢を追求し続けました。

 アルトシューラが考えたことの特色は思考方法の鍵を人間の心の中の過程を分析することによって発見しようとするのではなく、その過程から解決策として選ばれた結果がどのような変化だったのか、その変化の形を類型として取り出すことによって解明しようとしたことです。彼は技術史と、特許の中に現れている技術的問題を解決する着想とを分析する作業を営々と重ねたのです。ヒトの思考は困難な研究対象です。思考そのものの研究は、デカルト以降に限っても、数百年続けられていますが、大多数の人々が納得するような説明は発見されていません。これにくらべれば、例えばヒトの歴史の中で船舶がどのように進化してきたかを明らかにすることの方がはるかに容易に思われます。また、特許の対象となった技術が、特許の前にはどんなだったのが特許によってどのように変化したのかということは資料によってはっきりと確認することができます。

 アルトシューラに影響を与えたと思われるソ連の公式的思想の是非は別として、アルトシューラの研究の特色がヒトの思考について何を教えてくれているのか、その点について考えてみたいというのが私がTRIZを学ぶ目的です。私は、TRIZが人類の叡智に何かを付け加えてくれていると思うのですが、TRIZに関わっている先輩達から十分に納得のゆく説明を聞くことができません。現在世界中でTRIZに関わっている人々のほとんどはTRIZを様々な形で利用することに注力しています。利用することに忙しくて、TRIZそのものの意味について考えることに熱心になれないのかもしれません。もちろん、それについて考えている人たちがいないわけではありません。しかし、その人達は長年TRIZを使ってTRIZの有効性に強い確信をもっているために、今更TRIZの価値の源泉を考えることは必要がないと思っているようなのです。

 私がTRIZについて日本語のサイトを立ち上げた理由は、TRIZに思い入れの無い、あるいは思い入れの少ない人たちの冷静な眼をお借りしたいと考えたことです。そして出来れば、TRIZの可能性について、あるいはその限界について、考えてみようという方が名乗り出て下さらないかと期待したことです。そのためには、まず皆さんに過去、現在のTRIZがどのような姿をしているのかご覧頂けるようにしたいと思いました。このセクションは、目の前にあるTRIZを正面に見るのではなく、既存のTRIZを横目で見ながらTRIZの歴史が示唆している未来に何が見えて来るのかを見つめる位置づけで作りました。

 TRIZに関連して管理人が考えていることを書き足してゆきたいと思います。浅学の悲しさで愚かなことを書くことも多いと思います。皆様にご叱咤いただければ幸いです。

TRIZは「実践的な思考の技術」ですが、技術は単に知っているだけではなく、必要な際に自由に使いこなせることも望まれます。使いこなせるようになるためには、その技術を使うトレーニングが必要です。一方、このサイトの「現代のTRIZ」の中で掲げている「紹介します:オープンタスク」という文章は、現代という時代は未体験で正しい答えの無い問題を実践の中で解決する能力が求められていると訴えています。

本サイトはTRIZの基礎文献を掲示する場であり、その中でオープンタスクも紹介しています。そこで、訪問してくださったゲストの皆さんへの感謝の気持ちとして「オープンタスク」の例題を掲示することにしました。5月からは目標として、月に二件ずつ掲示してゆきたいとおもっています。

TRIZを育んだロシアの文化の紹介を兼ねて、TRIZの勉強の合間に出会ったロシアのアネクドートを紹介するページを設けてみました。

オープンタスクの間の隔週に、骨休めとして紹介する心づもりです。いつまで続けられるかわかりませんが、皆さんに、楽しんでいただければと思います。

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